Smiley face
写真・図版
鴨居玲「私の話を聞いてくれ」(1973年、笠間日動美術館蔵)

 背を丸め、何かを訴えている男がひとり。心の奥の奥から絞り出された声が聞こえてくるようだ。写実を追究した鴨居(かもい)玲の代表作の一つ。1973年に「廃兵」と共に第27回二紀展に出品され、文部大臣賞を受賞した。

 画家の登竜門だった安井賞を69年に受賞し、画壇で注目されるようになった鴨居は、その2年後に新天地を求めて写実が盛んなスペインにアトリエを構えた。ラ・マンチャ地方にあるバルデペーニャスの人々と親しく付き合い、村人をスケッチして自身のイメージに形を与えていった。スペイン暮らしは74年まで続き、この絵のほかに、「酔っ払い」「物乞い」「廃兵」といった単身像の油彩画を次々と生み出した。

 鴨居は「朝日ジャーナル」(74年1月4・11日号)の「表紙のことば」でこの絵について語っている。スタインベックの小説「怒りの葡萄(ぶどう)」で英雄的な死に方をする元説教師のケーシより、遠藤周作の小説「沈黙」に出てくる弱くてひきょうなキチジローという人物に痛いほど心を動かされる、と。

 バロック絵画に学んだ劇的な…

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